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 投稿者:master  投稿日:2017年10月21日(土)17時46分52秒
  アップ可能ですよ  
 

9/29の文章を訂正お願いします

 投稿者:津田哲男  投稿日:2017年 9月30日(土)15時21分21秒
  お手数をおかけします。違うPCから投稿していたため訂正できませんので、よろしくお願いします。
●2014年 の4つ目の川柳ですが、正しくは次のようにしてください。

~通りがかりの女性にスジャータをもらったお釈迦様みたいに~
 

津田様

 投稿者:仕掛け人  投稿日:2017年 9月30日(土)15時19分48秒
  こちらの掲示板はできないようです。メニューの4番目の掲示板は先程テストした結果大丈夫でした。  

14年間ありがとう

 投稿者:梅田光洋  投稿日:2017年 9月29日(金)20時48分24秒
  夜叉ヶ池伝説マラニックを知ったのは2002年でした。スタートの神戸町は私の祖母が住んでいた町で、子供の頃よく遊びにきていたこともあり、絶対に参加したいと思いました。ちなみに祖母の家は夜叉堂から数メートルのところにあります。練習をして1年後の2003年初出場しました。予想通り暑く厳しかったですが、充実したエイド、多くのスタッフの応援が力になりました。最後はガッツポーズしながらジャンプしてゴールしたことを覚えています。それからほぼ毎年申込みして今年で12回となり(1回不出場)、300番台だったゼッケンも今年は50番台になりました。私が走るときは毎回両親と祖母が応援に来てくれました。一日目のゴール会場の夏祭りを一緒に見物し、二日目の霞間ヶ渓エイドでは待ってくれていました。それは大人になっても嬉しいものでした。私はこれまで200以上の大会に出ていますが、途中棄権をしたのはこの大会だけです。それだけ厳しい大会だと思っています。しかし、それ以上に楽しい大会でもあります。今年の完走で10回完走となりました。応援してくれた祖母が今年亡くなり、両親も高齢となり、私も体力的に厳しくなりました。今回は出場する前から、完走できたら最後にしようと思っていました。今年もきつかったですが歩かず走り、最後は1回目のときと同じようにガッツポーズしながらジャンプしてゴールしました。初出場から14年間、大会が近付くとあの厳しい暑さのなかを走るのかと憂鬱になりつつ、ゴールしたときのなんとも言えない達成感を経験することができました。大満足です。やり尽くしました。夜叉ヶ池伝説マラニックが、これからも続くことを願っております。14年間ありがとうございました。  

画像はどうやって投稿するの?

 投稿者:津田哲男  投稿日:2017年 9月29日(金)18時06分11秒
  仕掛け人1さん
画像は添付できないシステムのようですが、どうやって投稿するのでしょうか?
 

走り終えても夜叉ヶ池がまた呼ぶよ

 投稿者:津田哲男  投稿日:2017年 9月29日(金)17時48分51秒
  ●2014年●
7/26~27の夜叉ヶ池伝説マラニックにバドらんさん、棚ランさん、吉○さん、マイパさん親子、春○さんと参加し、
ボラには麻○ちゃんがAED班でサポートしてくれました。
走友会から参加した6名全員は無事完踏することができ、本当によかったです!

312人(男子平均年齢53歳)が出走し、うち202人が完踏したそうですが、僕は総合タイム18:07:46の51位で何とか完踏できました。
初日の45Kは37位でしたが、疲れと登り坂の歩きで二日目の90Kが62位と落ちてしまいました。
初日はキロ5~6分、二日目はキロ6~7分を目標にしていましたが、上り坂での歩きやエイドでのロスなども大きかったようです。
歩幅は短いし生来の要領の悪さも災いしたり、さらには濡れたシャツで腹痛になりトイレにピットインする始末。トホホ

でも家内に作ってもらった氷マフラーが初日の35度超の炎天下では絶大な助けになり、林道終点でのシューズ履き替えと手袋交換のため
二日目のトレランの土砂降りでも専用シューズで安心感が違い、夜叉壁で体が横転した時も手をバシッとついて事なきを得ました。
用意した小麦粉袋も手を突っ込めば手袋脱着もお茶の子さいさい!
ただ、愛用の汗拭き用手袋は失敗でした。汗も用足しも羊羹もピットインも一緒。気持ち悪いことこの上ありません。汚ねえな!
棚ランさんの言うようにやはり汗ふきは吸収布が一番ですね。

初日夜の体育館はさながら田植えの後の田んぼよろしく、「牛ガエル」がここかしこで泣いていたため睡眠不足。
支給毛布も何となく臭うし、開け放った扉からは色んな虫が入ってきて痒い。
真っ暗な中でアンダーパンツを代えたら、腰のところに足を入れて履いていたのに気付かず股擦れができて真っ赤っか。
でも、手術を延期した脱腸の痛みは大人しくしててくれました。

二日目の朝3時半にスタートするも辺りは真っ暗闇。なぜかヘッドライト点けてる僕が暫くは先頭で引っ張ることに。
街路灯もない山道に入ると二人で協力して照らさないと前方の道がまったく見えなかったです。

土砂降りの登山道ではサングラスが曇って前が見えませんでした。足元の岩石に足を置いたとたん、むにゅっとした気色悪い感触が!
慌てて飛び退いたらそこには何と大きなガマガエル!!手に取っておおっ、お前大丈夫か?と尋ねたら、一言痛かったと言って
飛び跳ねて行きました。意外な方との出会いがあるのもトレイルの魅力ですね。

溶け続ける氷や土砂降りの雨のため、パンツとシューズの中は常にジュクジュク。お陰で水豆が7個もできました。
最大の豆は8cmもの巨大さで、翌日は歩くたびに皮の中でタップンタップンしていました。
でもラスト500mはゴールに飛び込むのが僕の心情。豆が破れようがどーしようが構わないぞ!とばかりに全速力で突っ込みました。
そしたら「あ、そこの人。まだ写真撮ってないから後ろの丸印まで戻って」・・・だって


では最後に皆さまのご期待?におこたえしまして、へたくそ川柳コーナー~

「手にホース 水かけ叔母さん もっとして♪」
  藤橋村の叔母さん。「あたしゃ、選手のみんなに頭からホースで水をぶっかけるのが好きでね」と言ってお構いなしでザバザバかけてくる。
  「ひゃっ!冷てえっ!でも気持ちいいわあ~♪もっとやってちょ」僕はサングラスを取って思わず頭を差し出していました。来年も頼むわ。

「爽やかに 手を取り合って 親子船」
  マイパさん親子が制限時間少し前に手を繋いで満面の笑みでゴールのテープを切りました。すごく羨ましい限りです!
  でもマイパさんがこの日のためにどれだけ走り込んできたのかと思うと本当に頭が下がります。

「山蛙 踏みかけ詫びた 痛かった?」
  希少種の蛙だと思うけど、踏みつぶさなくてよかった~。真っ黒で岩にしか見えなかったんだ、許せ!

「スジャータに みなぎる勇気 池田山」
  最後の難関、池田山の登りに差し掛かろうかというところで誰かが二人で待っててくれるじゃありませんか!
  何と麻○ちゃんと女医さんのAED班の二人でした。え?いつ来るともわからないのに待っててくれたの?それもドリンク持って!
  地獄に仏とはこのことで、御釈迦様にスジャータをもらった弱った人みたいに幸せな気持ちになりました。

「童より もらう励まし 救われし」
  あと5kの最終エイドで小学生の男の子がおにぎり食べてと勧めてくれたんです。でも前を走るランナーの後ろ姿ばかり気にしていた僕は
  つい、「もうゴールに突っ込むだけだからごめんね」と言って立ち去ろうとしてしまいました。
  しまった!この子の気持ちを傷つけてしまったかと思った瞬間、「じゃ、あと頑張ってね!」と手を振ってくれるじゃないですか!
  「おう!ありがとよ!」と言って応えつつ何だかとても嬉しくなりました。

「胸打たる アルプス駆ける ボロ衣たち」
「我もまた 涙するらじ 夜叉の道」
  9~17日の8日間で行われるトランスジャパンアルプスレース(TJAR)は415Km、累積標高差27,000m。日本海から太平洋まで殆ど不眠不休で
  走り通す壮絶なレースです。一昨年のNHKの番組で、ボロボロになるまで文字通り命がけで走る姿に泣けてきてしょうがなかったです。
  マラソンをもう一度走りたい、トレイルランニングなるものをやってみたい、僕をそういう気持ちにさせてくれたレースでした。
  距離の怖さに押し潰されそうになりながら走った今回の夜叉ヶ池。でももっと走れたんじゃないかという気もします。
  また走れるのならもっと上の目標に挑戦したいし、その時こそ自分にも泣けそうな気がします。やるぞ!!

●2015年●
 先月25~26日は昨年に続き「夜叉ヶ池伝説マラニック」135kを何とか完踏できました。
 ボランティアのマイパさんと麻○ちゃん、一緒に走ったバドさん。応援ありがとうございました!心強かったです。
  競争ではありませんが、成績は18時間49分40秒で73/191位で昨年より悪かったです。
 ただ完踏率は60.6%と、昨年より10%以上厳しいものとなりました。
 ギブアップこそしませんでしたが、それでもたった1年で走力も気力も落ちたような気がして悔しい。

ここで一句「山野駆け 足裏肉球 夜叉ヶ犬?」
  股ズレに脇ズレ。残り14k地点から捻挫気味のうえ、足の裏はでっかいマメでポ~ニョポニョ♪じゃなかったブ~ニョブニョに。
    気色悪う~

「エイドまで 吐きそな辛さ 飲み込んで」
  水飲みすぎ~、気持ち悪う~、うっ吐きそう・・・次のエイドでスイカかかき氷かそうめんで気分治るよねきっと!

「原始人 草履で登る 夜叉の壁」「爽やかな 日焼けに白い歯 原始人」
  僕は見た!アフロかつらに毛皮風の衣装。こん棒引っさげ、水で濡れる急峻なあの夜叉壁を昇ってる原始人を。
  毎年走ってるそうだけど、大した人だよ!切れた鼻緒を修理していたと思ったら、すぐさま追い抜かれちゃったんだ。

「お疲れと 交わす言葉も がに股で」
  ゴール後の風呂ですれ違ったあの人もこの人も苦笑い。で、みんながに股ってなわけ。あはは・・・

「健康も 心は揺れる 夜叉姫に」
  あまりの過酷なレースに、肝臓機能の検査数値はいつも正常範囲外。女房にゃもう止めるとは言ったものの、
  日が経つにつれ後ろ髪を引かれる思い。

「風呂入る? お帰り僕の 臭い靴」「シューズよ 覚悟!ザブーン かゆいんだ」
  いつも道具に頼ってた弱い自分だけど、靴もウエアも悪いんじゃない。自分自身の問題なんだ。
  大した怪我なく僕をゴールまで運んでくれた戦友たちだ、綺麗に洗ってやるよ!でもほんとくっさいなあお前。
  でも蚊に喰われるからザバザバいくぞ!

「7日経ち チームシャツが 自己主張」
  ああもう一週間か~。ン?何やら臭うぞ!あっ、まだ袋の中に新しい走友会のシャツが入ってる。くっさ~!!
  池田温泉の湯で簡単にゆすいではあるけど、これはマズイ、ほんとにマズイ!臭いは取れるんだろうか?
  シャツ制作班の人たちに聞かれたらどうしよう! ちなみに何とかセーフでした。(_ _)

●2016年●
 23~24日に開催された夜叉ヶ池伝説マラニックに吉○さんと参加して、二人とも無事に完踏することができました。
吉○さんは吐き気に悩まされながらも引っ張ってくださいました。お蔭で僕の最後の挑戦を走り切ることができました!
本当にありがとうございました。挑戦した3回とも完踏できて今とっても嬉しいです。

 ではここで、久しぶりにまた「へたくそ川柳」にお付き合いくださいね。

「姿なし 崩れ削られ 青き山」
  揖斐川町の目に染みるほど青い山々が今年は何だか違い、重機で削り取られたり雨で山崩れがあったりで景色が
  変わっていました。自然の景観が失われていくのは何だか寂しいものですね。

「爽風よ 最後に池で 待ってたか」
  一昨年の初参加のときに出迎えてくれた一時の爽やかな山風には今年も逢えませんでした。しかし、夜叉ヶ池
  に着くころには本当に涼しい風となって熱くなった顔をまた冷まし励ましてくれました。

「許したもう 命短し 蝉哀れ」
  第1ステージの道中祭を楽しんだあと体育館で一泊した翌朝、歯を磨き終わったときに事故は起こりました。
  次の人に譲るため後ずさりした際、こともあろうに足元にいた蝉を踏んでしまったのです。可哀想なことをして
  しまいました。第2ステージのスタート前にすごく落ち込んでしまいました。

「驚いた ダダダと坊主 用を足し」
  僕が用を足そうと準備中、小学校低学年くらいの男の子が「ち○ち○出しといて~」と独り言を言いながら
  駆けこんできました。シュッとしてチャリン。ピッピすることもなく可愛いのをサッとしまってまたダダダッと
  駆けていきました。うそ、早っ!こっちはまだスタート前だというのに・・・
  微笑ましいのと同時に歳の差にガクッとしてしまいました。

「ちりんちりん 妻の手作り 胸を打ち」
  最近、妻がちりめん細工に打ち込んでいまして、タンスの至るところに溢れかえるほどです。なかなか腕を上げてきました。
  ある日、小さな鈴の付いた根付をいくつか作ったのを見て、頼んで僕にも一つもらいました。レース中、苦しい時も
  左の胸で可愛い音をたてて励ましてくれました。

「あと2キロ 走る痛みの 幸せよ」
  137キロ来た。あとわずかで僕の最後のレースは終わる。足の甲が痛い。でもこの痛みを感じられるのも今しかない。
  ゴールラインを踏めばもう二度と夜叉ヶ池を走ることはないと思うと何だか痛くなくなった。いやむしろ今が嬉しかった。

「焼けし肌 一夜二夜と 冷め来たり」
  日焼で熱っぽい肌も一日二日と経つにつれ収まってきました。身体が戻ってきたのはいいが、熱かった気持ちも冷めてきた。
  達成感と喪失感。なぜか無性に寂しいのはなぜだろう。

「さあ次だ 第3ステージへ ライト点け」
  バドらんさんに勧めてもらったこの大会は僕にとって特別なレースとなりましたがこれで最後。来年からは夜叉の会の会員
  として関わっていく予定です。かなり過酷なレースですが、必要とされる走力気力そして周到な準備をして臨めばこんな
  素晴らしい大会はなかなかありません。皆さんも参加されてはいかがですか? 僕は次の目標を探して再スタートです。
 

暑さに何処まで耐えられるの?

 投稿者:藤田1号  投稿日:2017年 9月26日(火)20時50分20秒
  今年で13回目の出場を果たしました。
ボランティアの皆さん、事務局の皆さん
そして家族に感謝します。真夏の二日間を私達のサポート頂きお礼申し上げます。
最初の参加動機は内容も分からないまま、マラニックとして体力面強化目的で参加。毎回、辛い、止めたいを繰り返し13年が経過、今は皆さんとのふれあいが目的で参加している様なものです。エイドでのおばちゃん、おじちゃんとの会話が、心に少しの余裕をもたらしてくれます。体力が続く限りふれあいを求めて参加させて頂ければと思います。   以上
 

初めての夜叉ヶ池伝説マラニック

 投稿者:夏目泰子  投稿日:2017年 9月25日(月)22時04分29秒
  25周年おめでとうございます!
この記念すべき大会に参加できたこと、大変うれしく思います。

この大会に参加したきっかけは、木津川マラソンに出たときに、夜叉ヶ池伝説マラニックと書かれたスポーツバックを持っている人を見かけて、後で調べて見たら楽しそうな大会だなあと思ったからです。私は青年海外協力隊でニカラグアに行っていました。そのときに参加したマラソン大会が体育館で寝たり、岩登りがあったりする大会で、夜叉ヶ池伝説マラニックはニカラグア感があるなと惹かれました。

完走するために、長距離の練習や土日どちらも走る練習をしてきました。

当日は、ロードでは歩かない!と決め、ゆっくりでも歩かないで最後まで走ることができました。
また、話に聞いていたエイドにビールがあるのを見て、喜んで写真を撮りました。

エイドで励ましていただいたり、車から応援してくれる方がいたりと温かい気持ちになれる素敵な大会でした。
ずっと続いてほしい大会です。大会関係者の方々、参加者のみなさんありがとうございました(´▽`)
 

投稿後のパスワード

 投稿者:仕掛け人  投稿日:2017年 9月11日(月)23時26分14秒
  投稿したあと、この掲示板は求めてきますね。表示された文字をうちこめば投稿完了しましたが?
 

2007年から使ってませんが文集募集用に再活用になります

 投稿者:仕掛け人1  投稿日:2017年 9月 7日(木)21時27分13秒
  入力した文章をすべて文集になるわけではありませんが、いただいた文をワードにして後
PDFにいたします。
原稿いただくには一番簡便な方法として使えると思っています。画像もよせていただけると助かります。
 

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