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暑寒別川本流からピークへ

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2017年 9月 6日(水)06時09分18秒
編集済
   9月に入り空気が秋っぽくなりましたが、同期のみんな元気ですか。
 今夏25日間増毛に滞在し、一人で別荘(ボロ家)生活を楽しみました。
 帰ったら畑の草が見事に生長し老体を駆使してようやく片付けました。
 白菜、ダイコンを蒔いて一休みです。
 さて、年甲斐もなく暑寒別川を詰めて暑寒別岳ピークへ登りました。
 途中、滑り落ちたり最後の枝沢を間違えたり多くの至難を強いられました。
 無事帰れたことに感謝している昨今です。
 来年の同期会、楽しみにしています。

   ※コピーのため自動改行がうまくいかない部分あり。

       暑寒別川(本流)から暑寒別岳(1492m)ピークへ(2017.8.15~18)
                                        文責 ゴンパチ

  本流を詰めてピークに辿り着き、登山道を下山するルート。年間数パーティ(単独)が挑んでいる。
  情報を収集していたが、単独のためここ数年躊躇(ビビリ)していた。
  2009年と2011年に下見を兼ね山中泊して河原を歩いたことはあるものの、CO500以降の連続する難所を
 観ていない。それだけに惹かれるが怖さもあった。
  怖さはロープ扱いを身に着けていないことにある。それで沢登りしようとすること事態無謀であるのはよ
 く解かっていた。が、可能なところまで進みダメなら戻ることを想定して挑むことにした。年齢的に挑むの
 は今年が最後であることも自覚して・・・・。
 (遠いテン場・・・一日目8/15)
  林道の車止め鎖(留知との二股)から1.5キロほど歩く。背丈を越えるイタドリなどの草が左右から被さ
 り、歩きづらい。熊よけの笛を吹きながら進む。CO290で林道と川が近接する地点から入渓。数日前の大雨
 で水量は少し多い感じだ。
  CO360で両岸絶壁の有名な「函渕」に達する。これまで2度越えている。昔、地元の人が越えたという左
 の高巻きを想定していたが踏み跡が分からず、結局右の梯子とロープに頼ることに。ほぼ90度の岩壁を
 登って降りるのに50分費やす。平成17年に取り付けられたロープ(道委託の河川調査業者が取り付ける)が
 まだ使えるとは・・・・・・。
  その後は渡渉を繰り返し、黙々と河原を進む。勿論誰にも会わない。CO470(C1)のテン場がやけに遠
 い。到着2時の予定が4時に。休憩含め入渓してから9時間も費やした。慎重に歩を進めたとはいえ、体力
 が落ちたことを実感する。
  テントを張り、焚き木を集める。数時間前に川が濁るほどの雨が通過したため濡れて火が付かず、着火材
 全て使ってしまう。自負する焚き火名人落第。もたもたしていたら雨が来て夕食準備途中で暗くなる。渡渉
 で転倒し腰から下が完全に濡れていたので体が冷たい。雨が止んでから、暗闇の中炊き火で尻炙りする。尻
 から湯気が出て温かくいい気持ちに。
  明日の天気が心配だが、数日間は大雨が降る気圧配置でないことで出発した。信じるのみ。
  (次々と変化する渓相・・・二日目8/16)
  4時起床、曇り。朝食を簡単に済ませ5時半に出発。
  ここからは自分が足を入れていない未知の世界。情報ではこれより先の渓相に次々と変化が見られる。
 CO490で柱状節理の岩(別添)が右手に広がる。CO503で右の沢から落ちる水量豊富な二段の斜滝が現われ
 る。見て通過するだけ。情報不足の時は登るのかと(登れない)恐れた。
  CO560で魚止めの滝。滝は5mほどですぐ脇を楽々通過できたがエメナルドグリーンの底の見えない大き
 な釜。巻き水で落ちたらお陀仏か。魚止めというから岩魚の主が棲む気配。すぐ上に群別岳から流れ落ちる
 有名な大滝が現われる。左右高さのある絶壁で右も左も登れない。プロはロープ使って登るらしい。ここは
 観て通過するだけで二股左へ進む。
  少し進むとCO590で斜滝。手と足を掛けられるところを慎重に読みザックを置いて何とか滝上に出た。
 ザックをロープで引き上げる。CO640辺りから赤岩が続き水とのコントラストが美しい。楽に登れたがその
 後滝を跳んで跨ぐことに。荷物がなければ容易だが肝を冷す。その後難所はなく順調に登る。CO800を越え
 たところからテン場を探し、CO820に僅かな砂地を見つけテン場(C2)とする。2時少し前。大休止後、
 テント設営と焚き木集めにかかる。昨日着火材を無駄使いしたので、ガンピ(ダケカンバ)の皮を剥いで替わ
 りに。苦戦したがやがて大きな炎に。
  夕食はアルファ五目御飯と味噌汁。レタスと板チーズとミニトマト。荷の軽量に拘ったので、アルコール
 なし。暗くなるまで焚き火と付き合い、その後は寝袋へ。体力温存で明日に備える。渓なのでラジオはよく
 聞こえない。時々ホイッスルを鳴らす。
  夜中トイレに起きたらぼんやりとした月が見え、明日に期待。
 (滑落とルート間違い・・・三日目8/17)
  パンとコーヒーの朝食を済ませ5時出発。まずまずの天気。
  1時間後ブログで指摘されているCO855の最大難所の滝に。両岸5~6mほどの垂直岩壁。とても無理と判
 断し、左から高巻くことに。そこも結構な斜度のツルツル岩壁。僅かに草はあるものの掴まれない。30mほ
 どトラバースできたら滝の左上に辿り着けるが足場がない。半分ほど進み、ヤバイと判断し戻ろうとしたと
 ころで滑り落ちる。加速し約20m滑り落ちた。一瞬、下の岩にぶつかり体がグシャグシャになると思った。
 落ちた場所がイタドリやフキがあり、背と頭はザックに守られた。腕、足、尻を強く打ったので川で冷やし
 た。右手薬指はかなり腫れて痛いが奇跡的に助かった。体が普通に動いたのが不思議だった。
  休憩し、滝の両岸をよく観て足と手をかけるところを確認。ボルダリングのように右を空身でうまく登れ
 ば滝上に達すると判断した。20mの細い予備紐を二重にしてザックに括り付け、その端をベルトに結んで岩
 の割れ目に手を掛け壁をよじ登った。最後の右足一歩が窪みまで届かず、かなりビビッたが手の力で踏ん張
 り腹ばいで滝上の平らな面に到達。かなり息が上がった。落ち着いてからザックを引き上げる。その後も似
 たような滝が数個現われたが、同じ方法でクリアーできた。
  あれほどの水量を誇っていた暑寒別川本流もいよいよ流れは細い筋に。CO1200の滝を越えたところで右
 の枝沢に入るのが直登コース。はっきりと二股に分かれているものと想定していたが、その姿がない(草を
 分けてもっと慎重に確認すべきだった)。結果的にここで判断ミスした。CO1230で右の枝沢に入った。す
 ぐに水は消えたが沢型が残るので這うように登る。やがて笹薮だけになり急勾配なので笹に掴まって体重と
 ザックを支えるのに精一杯になる。午後からガスってピークが見えずCO1300を越えてもハイマツ帯になら
 ない。ここで枝沢の選択間違いを直感。位置が掴めず焦る。途中ダケカンバの枝に上がり周りを見渡す。ハ
 イマツの見える右に笹薮を大きくトラバース。時間を要したがハイマツ帯は笹薮より進みやすい。
  苦戦するもCO1400で稜線に出た。谷から速いスピードでガスが登り、周りは見えない。ガスの切れ間か
 ら右300mほどにマッターホルンみたく尖った大岩が見える。右も左も絶壁。あれなんだ?
  午後3時少し前。かなり疲労していること、ガスが晴れそうにないこと、位置が分からないことからハイ
 マツ帯の中で緊急ビバークすることに決めた。予備食料は十分だが水500cc1本のみが気になる。テントを
 張れる場所などない。鉈でハイマツや笹を切り横になる場所を確保する。稜線なので風が強く、夜はかなり
 冷えることを予測。ウインドブレーカーとカッパをだして着た。寝袋に入り、ツェルトを体に巻きつけて横
 になる。谷からの強い風でハイマツが音を発てて揺れるが根元はブロックされて、結構温かい。落ち着いた
 ところで地図とコンパスを出し、ヘッドライトの中で位置を何度も確認する。横になりながら食パンとレタ
 スを食べる。稜線なのでラジオはばっちり。なかなか寝付けず深夜放送まで聞く。
 (ハイマツ帯の稜線を5時間・・・四日目8/18)
 ガスが晴れず前方10mほどが見えるだけ。暑寒別岳ピークから約1キロ西にずれた稜線に居ること。両脇急
 斜面に注意し、稜線を東に向けて進むとピークに達することを確認。
  朝食はアルファ米と味噌汁にしたかったが、水が少ないためコーヒーとパンに。レタスをボリボリ齧る。
 藪漕ぎには荷が重いので意を決してテント一式を捨てることに(ゴメンナサイ自然)。5時出発。
  稜線とは山を形どる美しい線だが、それは遠くから眺めての話。滑らかのように見えて登ったり下った
 り、両脇が切れて固唾を呑んだり様々。ハイマツの枝を踏んだり、潜ったり悪戦苦闘して進む。1時間ほど
 でガスの間に見えたマッターホルンのような大岩にたどり着く。昨日からなぞの大岩に惑わされている。
 暑寒別岳周辺にこんな岩の場所はない、俺はどこに居るのだろうと・・・・。とてつもなく大きく、西側は
 高さ20mほどの三角錐。右も左も絶壁。昨夜ツェルトの中で冷静に考えてみた。街から眺めるとピークと
 西暑寒の間にコブが見える。それを縦に切った面を西から見ているのだと判断した。人が足を踏み入れない
 場所なのでこの岩の写真が外に出ていないのだと・・・・・。
  岩の麓は平らで草地の広場になっていた。晴れていたら絶景が望めるよい場所に違いない。ザックを投げ
 出して休む。左右どちらを巻いたら先へ進めるのか悩む。空身で右を偵察する。急斜面のうえ、地を這うダ
 ケカンバとハイマツが幾重にも絡みとてもザックを背負って通過できないと判断。戻って40分のロス。
  少し休んで左を偵察に。右より急斜面で怖いが、ほとんど草だけで前がよく見える。街から見えるコブの
 正面だろう。戻って20分のロス。左を進むことに。
  慎重に一歩ずつ進む。少し進むと、なんと岩をうまく巻くように踏み跡があった。クマさんの道だ。何度
 も歩いたすえに出来たしっかりした踏み跡。お陰で足を置いて踏ん張って体を支えられた。途中のどがカラ
 カラで脱水症状にならないために非常用に残した水を飲むことに。うまかった。全部飲みたかったがほんの
 少しだけ残す。
  横から巻くと奥域のある大岩でかなりの時間を要して越えた。その後は草地の広い稜線になり歩きやすく
 なる。1時間ほどで登山道のケルンが見えた。ピークの50m手前だ。ザックを投げるように下ろし空身で
 ピークに。10時ちょうど。少しだけ晴れる。大阪から来たという登山道を登ってきた2人の年配者が居た。
 水を頂き元気になる。
  3時間半かけて下山。山小屋で湯を沸かしご飯と味噌汁を食べる後、車をデポした場所にまで林道を6キ
 ロ歩く。一日余分だったがこうして念願だった沢登りが終わった。私の人生の中に、肉体的にも精神的にも
 これまでにない新しいページを刻んだ。
  風呂に入り4日分の山の垢を落とした。滑落で体全体あちこち内出血していた。今になって痛い。とにか
 く無事戻れたことに感謝。
 
 

2018クラス会予告

 投稿者:べーすまん  投稿日:2017年 8月18日(金)22時13分45秒
  みんな元気ですか? 来年のクラス会についてお知らせします。
日時 2018年8月15日(水)18:00
会場 オーベルジュましけ 増毛町別苅 ℡0164-53-2222
30人収容可能な部屋を貸し切りました。宿泊もできるレストランです。
春に正式に開催案内書を送ります。
 

キツネ

 投稿者:べーすまん  投稿日:2017年 7月 9日(日)17時09分29秒
  ゴンパチさんの長文、じっくり読みました。寒い夜のほんわかとした光景が目の前に浮かんでくるようだ。
今では朝も夕も街中で日常的にキツネを見かける。容易に餌を確保できることを覚えてしまったのだろう。
我が家にも数年前にキツネが現れた。やはり真冬の寒い夜だった。その時はなぜかの窓のブラインドを開けていたのだろう、1匹のキツネが雪の上にちょこんと座って家の中をのぞいていた。
その顔が何とも美人で忘れられないほど、しばし見とれていた。全然警戒する様子はなく暖かい家に入れてほしいようなしぐさだった。
人がペットを飼いたいと思う瞬間とはこんな時なのだろうなと、しみじみ感じた瞬間だった。こちらとの距離は2m位、可愛かった。良い想い出だ。
 

暇つぶしに・・・3

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2017年 7月 5日(水)11時59分24秒
編集済
             子どもたちに聴かせたい「北海道動物体験記」・・・その3「キタキツネ」

                                                      H29.4.22     文責 後藤八郎

 ※また、長文になりますが、退屈なときにお付き合いください。
  初めの6行の右空間は写真スペースです。


 キツネ(キタキツネ)と初めて出会ったのは中学生の時だった。雪が締まって固くなった3月の中頃の月明か
りの夜だった。居間のカーテンをかけていたとき、窓の向こうでトコトコトコと雪の上をリズミカルに動き回
る動物を観た。一瞬犬かなと思ったが、その動き方と細身の身体からキツネだと分かった。
「キツネだ!」
という私の叫びで、家族みんなが窓に集まり、カーテン越しに珍しいその姿を観た。距離にしておよそ20
mほどである。
 これまで雪の上のキツネの足跡は何度も観たことはあったが、姿を観たことはなかった。村の老人に聞いて
も、観たのは一度か二度だという。一度も観たことがないという人も多い。キツネはそれほど警戒心が強く賢
い動物で、人を避ける。経験豊かな猟師さえ、風下から足跡を追ってかなりの距離を歩いても姿を見つけられ
なかったというほどである。
 窓越しのキツネはこちらの動きを感じているようで、チラチラ窓の方を見て警戒していたがその場から逃げようとしない。においを嗅ぎながらりんごの木の周りをウロウロしていた。どうやら母親が雪を堀ってりんごの木の根元に埋めた、魚の内臓や頭を見つけたらしい。時々座ったり動いたりしていたが、私どもを警戒したのであろう、やがて姿が見えなくなった。
 あれからおよそ50年の年月が流れた。
 夏休みには新潟港からフェリーで小樽港に渡るのが帰郷ルートである。まだ私の子どもが小さいとき、小樽から家族4人で郷里の「増毛」に向け車を進めていたときのことである。遥か前方にキツネの姿を見つけた。
家族にキツネを見せたくて、逃げられないように車を静かに走らせた。かなり手前で車を止め、みんなで静かに近づいた。すぐに逃げられるであろうと思っていたが、なんとキツネは道脇に座ったではないか。人間に慣れているのだ。中学生の時に初めて観たあの凛々しい姿とは大きく違っていた。
 およそ35年前に「キタキツネ物語」という映画が誕生した。私どもに自然のすばらしさと厳しさを伝えてくれた優れた記録映画である。しかし、私流に言うと北海道のキツネの不幸はこのときからが始まったと言っていい。映画の爆発的なヒットで、愛くるしい子ギツネの姿がテレ ビを通して全国津々浦々まで流れた。ここまでならよかったが、旅行業者や地元観光協会はキタキツネを観光の目玉(ウリ)にしたことがキツネにとって不幸の始まりだった。
 道端に出てきたキツネに食べ物をあげる人が増えた。そのことから人に馴れ人里近くに住むようになった。
空き家や納屋の縁の下に穴を掘り、子どもを生んだ話は町や村で数多く聞かれる。実際、私の家の農具小屋の下で子どもを育てた話を母の手紙で知らされたこともある。50年前には信じられない話だ。この調子でどんどん人に近づき、街中でゴミをあさり容易に餌を獲ることを覚えたのだ。
 小樽から郷里へ帰る国道で、車に轢かれた子ギツネを何匹も見かけたこともあった。また、故郷に滞在中、夜の街を堂々と闊歩する姿を見かけたり、猫が追い回されて木に登って難を逃れたりしたことも目の当たりした。これほど人間の世界に入り込んだのだ。
 50年前の話に戻るが、魚の臓物の味を知ったキツネは暗くなってから度々同じ場所に現れた。家族で初めてキツネを観た数日後、母親が「ヒャー! 怖い!」と言って、月明かりの夜に外から逃げるように家に入って来たときがあった。またあのキツネが家の前にやって来たのだ。人の姿を見ると警戒し、すぐに走って逃げるのだが、トコトコトコと走った後必ず止まって振り返る。そのときの眼がなんとも不気味で怖い。
 子どもの時からキツネは人を化かすと教えられてきた。実際に化かされて死んだ人がいるという。村の結婚式に呼ばれて帰る途中、川に落ちて死んだ話は鮮明に記憶している。
 冬の夜仲間と別れて一人になったところから行方不明になり、翌日消防団をはじめ村の人で探したところ、家とはかけ離れた方向の川で見つかったという。その場所には結婚式の手土産の鯛の塩焼きやかまぼこが食い荒らされて散らばっていて、周りにキツネの足跡が沢山あったとのこと。川の縁には靴とコートがきちんと揃えられていたことから、村ではキツネに化かされて家に着いたと思ったに違いないということになった。
村の人はキツネの好きなものを持って夜道を一人歩きするときは要注意だとよく言っていた。特にキツネの好物のアゲ(お稲荷)を買って帰る途中は、危険だという。
 科学の進歩したこの時代に、しかも人が大勢住むこの都会で同じ話を聞いてもバカバカしく笑い話にもなら
ないだろう。結婚式でお酒をたくさん飲んで酔っ払い、道に迷って川に落ちて死んだのだという結論になる。
キツネに纏わるこの類の話は日本全国の田舎にはたくさんあるに違いない。しかし、自然に囲まれた村の空気の中で聞くとまんざらでもない気持ちになるから不思議だ。
 子どもの頃、野道を一人で歩くときは母に教えられた通り、キツネに騙されないように時々自分の頬を抓って、正気かどうか確認したものだ。また、村の神社に祭られているキツネ(稲荷)の像には通るたびに深々とお辞儀をしたものだ。何か災いがあったら困るので高校生の年齢になっても会釈して通ったものだ。なんともキツネは不思議な力を持っている。
 帰郷したときに、沢登りで早朝まだ暗い時刻に家を出た。道の途中で車のライトに照らされるキツネを観た。今の北海道では特に驚くことではない。それから数キロ進み終点で車を止めてライトを消したら、車の後からキツネが現れたことがあった。数キロ前で出会ったキツネがどうしてここに居るのか、不気味で身の毛が弥立った。まだ暗い時刻であったこと、しかも山中一人だけだったことで不気味さが増幅されたと思うが、私の中では今でもキツネは神がかり的な存在である。不思議である。
 中学生の時、窓越しに初めて観たあの凛としたキツネの姿が今も脳裏に残る。
 

時間の間違い

 投稿者:村長  投稿日:2017年 6月29日(木)15時16分49秒
  6月30日「金曜日」18時30分は19時30分の間違いでいた。ごめんなさい  

村長テレビ出る

 投稿者:村長  投稿日:2017年 6月26日(月)13時53分7秒
  久しぶりに村長登場、大変恥かしいがNHKの番組で、6月30日金曜日18時30分放送予定の「北の出会い旅。。。。?」に吉幾三、ダンディ坂野、スギちゃん、村長が出ることになりました。
理由は昭和52年頃?吉幾三が「おら東京さ行くだ」増毛に来たとき、村長が商工観光課の時、街の中を案内して、古茶内の田んぼで「おら東京さ行くだ」のレコード入れの写真撮したりした所が村長しか分からない、もといた職員が皆んな無く亡くなつた為、出たくなかったが、仕方なかつた。恥ずかしいが、同級生の皆様見てください。テレビは北海道だけ残念です。
 

久々の増毛ニュース

 投稿者:べーすまん  投稿日:2017年 6月16日(金)15時07分16秒
  ゴンパチさんの体験記は面白く読ませてもらいました。いろいろな体験が教員人生に生かされたんだろうなぁ。
関東は毎日夏日で暖かいんだろうか。それとも梅雨入りしてジメジメかな。
増毛は5月末頃からだったかな 毎週末が雨で肌寒く今朝もストーブの世話になっている。
やっと今週末は好天になる予報。

6/11の道新に増毛の漁業の記事が載っていたので抜粋してお知らせします。
2016年度の漁協販売高は30億8300万円で、30億円を超えたのは1991年ぶりとのこと。
魚種別順位はトップがホタテで13億1900万円 前年度比2億2100万円増、韓国への輸出が増えた。
次はエビで8億9300万円 同3800万円増。次いでタコが2億6800万円 同2900万円増。
ナマコは1億6100万円 同1億5200万円の減額だった。ナマコは中国の景気に左右されるのか安定しない。
30億円を超える販売額は現職で税務を担当していた時には記憶がないのでかなりの良い金額だ。
ホタテ漁師の法人化が急速に進み経営が安定して来たのだろう。嬉しいニュースでした。
 

暇つぶしに・・2

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2017年 5月 3日(水)14時08分34秒
編集済
      暇つぶしでお付き合いください。
    送信順を間違えその4を先に送信してしまいました。
    その1を送信します。
        コピーの貼り付けのため、自動改行がうまくいっていない部分もあります。

   子どもたちに聴かせたい「北海道動物体験記」・・・その1 「ヒグマ」

                                    H29.4.5   文責 後藤八郎
 私は、北海道の日本海側に位置する「増毛」という町で育った。
 家は町の中心街から大きく離れた山間にあり、家業は果樹園を営んでいた。そんな環境から、畑の周囲や学
校の行き帰りの道端で、たくさんの動物たちと出会った。そのことが今は宝物のように思えている。その一端
を都会の小学生に話して聴かせたい。

 これは小学校5年の時の話。
 秋のある晴れた日の朝の食事時、母親は少し怒った口調で「八郎! 今日こそは羊小屋を掃除しなさいよ。
羊の体が汚れて可愛そうでしょ!」と言った。私は、羊の世話係りで天気のよい日は小屋から外に出したり、
雨の日には刈り取った草を与えたり、小屋の掃除もしていた。母から同じことを何度も言われていたのと、自
分でも羊の毛の汚れが気になっていた。その日は土曜日で、午後から友達数人で川に遊びに行く約束をしてい
た。少し迷ったが、
「うん。今日、早く帰って掃除する。  それを済ませてから遊びに行く。」
と、返事をした。
 急いで学校から戻りさっさと昼食を済ませ、羊小屋の掃除を始めた。小屋は糞尿でかなり汚れ、臭い。これ
がたまらなく嫌だった。汚れたワラをフォークで掻き揚げ、後の小窓から外へ出す。その後は、すぐ脇の小さ
な川から水をバケツで何度も運び、床に繰り返して流す。綺麗になったところで乾いたワラを敷いて完成だ
が、子どもの仕事としてはなかなか骨が折れた。
 遊ぶ約束があったのでせっせと進めていたら、母屋から
「お母さーん、奥の畑のりんごはもう食べていいの?」
という声がした。どうやら三つ下の弟が、友達を連れて来ていて、りんごを採りたいみたいだ。
「向こうの畑の木は、もぎ採った残りなので、いいよー。」
と、母親の声が聞こえる。母屋と羊小屋は20mほどの距離にある。やがて、弟とその友達は、駆けて奥のりん
ご畑に行った様子が伝わってきた。
それから10分ぐらい経過しただろうか。
「お母さーん! 大変だ! クマがいた! クマが出た!」
と叫びながら二人が走って戻ってくるのが分かった。それは、かなり怯えている声だった。私も羊小屋の掃除
をしながらドキッとした。母親は、
「えー、こんな昼日中に!  隣の黒牛がよく逃げて来るけど、はっきり見たのかい?」
と、聞いている。
「りんごの木に登っていたら、藪の中に黒いものがのそのそ歩いていくのが見えた。絶対にクマだよなあ!」
と、二人が間違いないと確認し合っているのが伝わってきた。
 私はすぐに母親に呼ばれ、様子を見てくるように言われた。りんご畑の周囲を恐る恐る見渡しながら、弟と
その友達の三人で奥の畑に行き、りんごの木に登っててみた。それらしき姿は何もなかった。
 母は、もし本当だったら家畜が危ないので隣の家に伝えた方がいいと言う。隣の家は畑を挟んで300mぐら
い離れている。川遊びの約束も気になっていたが、畑の脇道を急いだ。途中まで来たとき、何か異様な空気に
気付いた。道脇の原っぱに繋がれている隣の家の牛、ヤギ、羊が棒立ちなのである。今日のように晴れた午後
は、朝から腹いっぱい草を食べてのんびりと横になっている家畜が、ある一点を見つめ、まるで「気をつけ」
をしているのである。その光景を見たとき、私は弟とその友達が見た黒いものは牛ではなく、クマに間違いな
いと確信した。それと同時に背中から体全体に緊張が走り、血の気が引いていくのが分かった。
「オジさーん!  オジさーん!」
と大声で叫びながら、隣の家に向かって全力で走った。隣のオジさんも、家畜の様子がおかしいこと気付いて
、畑を見回していた。クマのことを告げると、
「ええ、やっぱりそうか! ベゴ(牛)やメンヨウ(羊)の様子がおかしいと思っていたんだ!」
と言って、すぐに犬小屋に行き犬に綱をつけて連れて来た。そして、しばし家畜の様子を眺めていた。その時
「あっ!  あそこに繋いでいたヤギがいない!」
と叫んだ。ずうっと向こうの、藪と畑の境目に繋いで草を食べさせていたヤギが居ないという。オジさんは犬
を連れてその場所に向かったので、私も後をついて行った。すると、切られた綱と少し血が落ちていたがヤギ
の姿はない。オジさんは犬に辺りの臭いを嗅がせているが、犬はしり込みするだけで役に立たない。クマの臭
いにビビっている様子だ。
 オジさんは私に、下の家に行って役場に電話してもらうように言った。もう川遊びどころではない。下の家
まではおよそ1キロ離れていて、くねくね曲がった野道だ。途中でクマが待ち伏せしていないか怖かったが、
勇気を出して下の家に行き協力を求めた。
 夕刻が近づき、隣の家も自分の家も早めに家畜を小屋に入れ、家族も家の中に入った。陽が沈んでから、
オートバイが坂を登ってくる音がした。鉄砲を持った猟師が二人やってきて隣の家に行ったのだ。私と弟は、
猟師が来てくれたことに勇気付けられ、その後を追って隣の家まで走った。
 オジさんの案内で猟師の二人はヤギが消えた場所に行った。子どもたちも後に続いた。猟師の一人は鉄砲を
構え、もう一人は肩から背中にかけていた。二人は藪の中に入り草がなぎ倒されているところを見回してい
た。畑から少し進んだところで、
「あっ!  ヤギだ! ここに隠してある!」
と叫び、その一人が半分食べられて内臓が飛び出しているヤギの後足を掴んで畑まで引きずり出した。ヤギの
白い毛は真っ赤な血で染まり、見るも無残だった。
 辺りはかなり暗くなってきた。猟師のオジさんは夜に向けてなにやら打ち合わせをして、地面に二本の杭を
打ち、その一つに鉄砲をくくり付けた。そして細い針金を20mぐらい延ばしヤギの足に結んだ。私どもは何が
始まるのか興味津津だった。傍で見ていたら、
「ワラシ(子ども)は来てはダメだ! あっちサ行ってろ!」
と、大声で叱られた。最後まで見ていたかったが、たっぷりと暗くなったので両方の家の子どもたちは家の中
に入った。私は、子どもながらに猟師の仕組んでいる作戦がすぐに想像できた。くくり付けられた鉄砲はヤギ
の方向に向けられていたことから、細い針金の一方はもう一つの杭を巻いて引き金に結ぶのであろう。そして
夜にクマがヤギを咥えて持ち去ろうとしたら引き金が引かれクマに当たる。こんな仕組みであった。後で親か
ら聞いた話ではこの方法は「アマンポ」と呼ばれ、危険なため法律で禁止されているのだという。これで猟師
が子どもたちに「あっちサ行ってろ!」と叱った意味が解かった。
 その夜は両家(2軒のみ)の家族は少しの物音も気になり緊張して過ごした。猟師の2人は交代で夜通し番を
してくれた。私は、あの作戦が的中し夜中に鉄砲の音がするのではないかと興奮気味で朝までよく眠れなかっ
た。
 何事もなく夜が明けた。その日もよく晴れ、気持ちのよい朝だった。早朝、猟師の一人が私の家に来て、夕
べ変わったことはなかったかと親に聞いていた。「山越えて逃げられたかなあ。」という呟きも聞こえた。猟
師は分担して両方の家の畑と藪の境を見回ってくれた。
 <隣の家の様子は、後で聞いた話>
 朝ごはんの時刻が近づいた。隣のオバさんが、見回りして戻った猟師に
「ご苦労様。何もないけど朝ごはんを用意したので食べてください。」
と、家へ入るよう案内した。家族みんなも食卓につき、猟師の一人も家に入った。最後にもう一人の猟師が家
に入る直前に遠目に畑を見回した。その時である、ヤギの死体を置いてある畑の藪から黒い塊がのそのそと出
てきた。気付いた猟師は肩から鉄砲を下ろし、ササッと小走りに進み、片膝立ちで構え引き金を引いた。
「ズドーン!」鉄砲の音は山にコダマして私には大砲のように聞こえた。少し間をおいてもう一発。同時に
「獲ったぞー!  獲ったぞー!」
と大声で叫ぶ声が自分の家にも聞こえた。両方の家の者は食事の箸を置いて全員外に出て走り、横たわるクマ
の周りに集まった。
 私はこのとき初めてはっきりとクマの姿を観た。全身黒いものと思い込んでいたら、なんと首の周りと頭に
かけて茶色や金髪があった。獣の臭いというのだろうか、とにかく臭い。遠くからでも強烈に臭った。この臭
いを今でも覚えている。
 報せを聞いた村の人が次々にやってきた。大勢の手で皮が剥がされ解体された。翌日の新聞に張り付けられ
た毛皮の写真が載った。クマはオスで約300キロだと書かれていた。
 それにしても、一晩じっと動かず、人間が家に入った隙を見計らって出てきたクマは、なんて賢いのだろ
う。小さいときから村の人や親からクマは頭がいいので、悪口を言うものではないと言い聞かされていたが本
当だと思った。私はこのときから益々クマが怖くなった。
 

暇つぶしに

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2017年 5月 3日(水)04時00分0秒
編集済
        ※暇つぶしにお付き合いください。はじめ6行の右空間は写真スペースです。

      子どもたちに聴かせたい「北海道動物体験記」・・その4 「エゾユキウサギ」

                                   H29.4.26  文責 後藤八郎


 6月。りんごの木の下の草原に寝転がり息を殺して長い時間じっとしていると、ずうっと向こうの草がかす
かに動く。この春生まれた野ウサギの子どもだ。警戒心が強く、逃げ足も速いためめったに姿を観ることはで
きない。でもこの時期、狩り名人の猫はよく子ウサギを咥えて来ては家族に見せてくれた。
 愛くるしい瞳のウサギだが、悪さもする。人々は山を守るため夏に樹木の苗を植える。笹や草を刈り、藪を
切り開きながら苗木を背負って山深く入り、穴を掘って丁寧に植える。この作業があってこそ日本の森林が保
たれている。国ではここに莫大な予算を投じているのだ。
 ところが、夏の間ほどよく生長した若い木は雪が降るとすっぽり埋まり、芽を準備した先の柔らかい枝だけ
を雪上に出す。これが雪の上のウサギの背丈にぴったり合い、格好な餌になる。
 自然の動物は、その姿から私ども人間に安らぎをくれたり、力強さや厳しさを教えてくれたり、人間が生きる上での大切なものを与えてくれる。しかし、人間と自然の動物がバランスよく共存することはなかなか難しい。原因はその数にある。国では自然の中にどれだけ動物が生息しているか調査をしている。一定の基準を超えると動物にも人間にも不幸をもたらすからだ。
 子どもの頃、野ウサギが増え過ぎていたため、ウサギ一羽(匹)を獲ると営林署という役所で100円の報奨金がもらえた。私はこのことを楽しみにしていた。
 野ウサギは、夏には隠れる場所があるのでよほどのタイミングでなければ姿は観られない。しかし、冬には雪の上に足跡を残すので通り道が分かる。私は小学校高学年の頃から父親がやっていることを真似て、通り道に針金ワナを仕掛けた。
 ある程度の太さの木の枝を4本雪に差込んでこれを柱とする。2本の柱にそれぞれ程よい高さに枝を渡して針金で縛り付けると四角形ができる。こうすると立方体もしくは直方体の形になる。つぎに、空中の4辺の木の枝から高さを工夫して針金で作った輪(ドッチボールぐらいの大きさ)を3~4個ずつ吊るす。最後に、立方体の中にりんごを数個入れる。このようにワナ作りは簡単で、慣れると30~40分もあればできる。
 冬の野ウサギは、隠れる場所がないため昼は木の根株などにじっと隠れていて、夜になると活動する。天敵の鷹やキツネから身を守るためだ。したがって、ワナに掛かるのは夜である。よく晴れた夜は活発に活動するため、たくさんの足跡を残す。
 ワナの管理は根気がいる。朝夕毎日見回りが必要だからだ。朝はウサギが掛かっているか否か期待があるので意欲が湧くが、夕方の見回りは退屈だ。夕方は、その日の雪の降り方と融け方によって針金の輪と雪との距離を調整することと、餌のりんごが雪に埋もれていたら掘り出すことであった。また、餌のりんごは日中鳥に食べられこともあるので、その補充も必要だった。この点検なくしてウサギは獲れないが、子どものときだから遅くまで遊んで帰ってきた後は怠けたことも多かった。
 ウサギがワナに掛かる仕組みはこうだ。細い針金は雪の白さも手伝ってウサギには見えないらしい。立方体の空間の中にあるりんごを食べようと前に進むと、針金が耳に障る。このときウサギは危険を感じてバックするのではなく、耳を畳んで前に進むのがウサギの習性といわれている。頭が針金の輪の中に入り、暴れているうちに前足や後ろ足も隣の輪の中に入ってしまい動けなくなる。
 このような仕組みだが、雪がたくさん降ったり吹雪いたりすると活動しないのでそう簡単に獲れるわけではない。見回りをサボることも度々あったので一冬に3~4羽(匹)ぐらいだ。掛かったときは重いので針金のまま雪の上を引きずって持ってくる。家族みんなが喜んでくれ、父が捌いて夕食時すき焼きになる。
 中学2年の時の2月だったと思う。
 いつものように朝の見回りに行った。その日は暖気で冬なのに珍しく雨模様だった。山に向かって雪道を進んでいくと、ワナのところに黒い塊があることに気付いた。辺りは白一色なので目立つ。遠くからはそれが何なのかよく分からなかった。だんだん近づくと得体の知れない動物が針金ワナに掛かっていることが分かった。私は怖くなり、急いで近くの木の枝を折って手にした。すぐ傍に来ても黒い塊は動かず顔も見えなかった。よく見ると黒い塊の横にはウサギも掛かっていた。私は、木の枝で恐る恐る黒い塊をつついてみた。その瞬間、顔を胸に埋めてじっとしていた動物は「カアー!」と赤い口を開け、噛みつきそうだった。私は身震いして怖さのあまり、木の枝で何度も叩いた。何しろ早朝の山の中に子どもの私一人より居ないのだ。顔を見て
タヌキだと分かった。私はこのとき始めてタヌキを観た。針金の輪が首や腹や足に掛かり、身動きできない状態であることが分かってから少し落ち着くことができた。
 ウサギはワナに掛かると暴れるので死んでしまうが、タヌキはじっとしていたので生きていたのだ。どうやらワナに掛かったウサギを食べようとして近づいたところ、自分も針金に絡まってしまったようだ。
雪に差し込んだ木の枝ごと抜いて、タヌキとウサギをそのまま引きずって家まで持ち帰った。思わぬ二重の猟だった。家の近くになり、大きな声で
「掛かったよー!  タヌキが掛かったよー!」
と何度も大声で叫びながら歩いたので、家族みんなが外に出て待っていた。
 それからなんと、一月ぐらいの間に同じ場所でタヌキが三匹ワナに掛かった。後で猟師の人に聞いた話だが、タヌキの家族は必ず同じ道を歩くのだという。三匹は家族だったのだ。タヌキは父が上手に皮を剥ぎ、知り合いの皮業者さんに持っていったら、一匹1500円貰え、自分に思わぬ大金が舞い込んだ。
 こんなこともあった。
 エゾユキウサギは夏と冬の毛の色が異なる。夏はグレーで冬は保護色の白になる。その中間の秋と春には茶が混じる。季節の温度によって変わるのだが、ある年北海道の冬には珍しく、大晦日間近まで根雪にならなかった。いつもなら白一色の世界なのに、土や草や木々がそのままの状態だった。雪こそは降らなかったが、温度はいつもの冬と同じなのでウサギは雪色に変身した。
 ある日夜遅く家に帰ったとき、りんご畑の中を白いものが走るのが見えた。追いかけていったら、畑の中で数匹のウサギを確認できた。白い姿がとにかく目立つのだ。間もなく雪が積もったが、この年のウサギは苦労したに違いない。
 今は、ウサギの報奨金はない。数の調整がうまくいっているからだろう。替わって増えて困っているのはエゾシカだ。森林の被害が拡大しているという。人間と自然の動物がバランスよく生きることの難しさを改めて思う。
 

こいのぼりの季節

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2017年 5月 2日(火)09時24分13秒
  5月に入った。
近くでこいのぼりが舞っている。
世は大型連休真っ只中。
当方は、毎日がゴールデンウイークだから特別な気持ちはないが、社会全体の休みは気持ちが軽くなる。
(ハローワーク)
昨日、保険金給付の手続きにハローワークに行ってきた。
どんなところか一度行ってみたかったが、求職、保険給付金手続きで大混雑していた。
なんと、5~6分の簡単な事務手続きなのに3時間弱待たされた。
雇用の需要が高くなってきているのか、窓口担当者はテンテコ舞いの様子。
社会の動きをちょっぴり垣間見た気がした。
(暇つぶしに)
暇つぶしとボケ防止に子どもの頃に暑寒沢で体験した「動物記」を小学生向きにまとめている。
読み直してみると、語彙力や表現力の乏しさ、そして構成力のなさに改めて気付く。
でも、その体験を想い出すとボーッとしている時間から開放され、シャキッとするのが救いだ。
やはり自然相手の生活が性に合うなあと。
夏の帰郷が待ち遠しい。
(畑の便り)
11月に種を蒔いたスナップエンドウが収穫期を迎えた。
かなりマメ房が付いている。野菜を早採りしては、いつも「早すぎる!」と、怒られているのでもう2~3日待つることに。
片隅に植えているウドはボサボサしていたらどんどん生長してしまった。スピードがとても速い。
硬いところを捨て、酢味噌和えで初物をいただいた。
ジャガイモ(キタアカリ)はかなり生長している。今月下旬~6月上旬には収穫できる。
3歳の孫と一緒に種芋を植えた(2月20日)のだが、芽が出たら見事にグニャグニャ曲がっている。
トマト22、ナス10、キュウリ10、ピーマン5、スイカ10等夏野菜の植え付けがようやく完了。
ハタケに3時間ほど遊んでもらうため、毎日片道7キロを車で往復。
ポリタンの水が重くて、腰が痛い。
(ボランティア)
先輩の教員仲間に誘われ、小学校の農体験ボランティアに時々動員がかかる。
みんな教員特有の口は動くが作業はイマイチ。いつも当方ばかりがせっせと働かされている。これもいいのか・・・・・・と。
もう一つ、現職のときに学校と子どもたちがお世話になった農家(有機農法)のお手伝いに(時々)。
この方は青森の木村(りんごの有機栽培)さんみたいで、まるで哲学者のような人物で一緒に居ると学ぶことが多い。
(足がなかなか)
左アキレスを痛めて2ケ月。痛みがなくなり走るとまたぶり返す。回復期間が年齢に比例している。
今はゆっくり走る、休むの繰り返し。5/4のマラソン大会も欠場。3大会連続欠場。6000×3の損害。
走れないとストレスが。

同期の皆元気ですか?
びばちゃん・・どうしているのかなぁー。
山菜の季節到来です。野に山に出かけましょう。
べーすまんさん、肥えたギョウジャニンニクをゲットしましょう。
ジンギスカンにぴったりだょー。





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