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(無題)

 投稿者:えいこ。く  投稿日:2019年 2月16日(土)00時07分18秒
  そくさん、大変でしたね。 驚きましたが、良くなったとのことほっとしています。本当によかったです。
寒いときはやはり不安ですよね。暖かくして、一番大切な健康を守ってください。

いよいよ我々も健康上色々気をつけないといけない年齢になりましたね。
近頃まわりの人達が何人か闘病生活に入ったりしてます。 私の友達や歌の先生などのほかに知り合いも入れたら結構の数にのぼります。 ちょっと心細いですよね。

でもね、私思うんだけど、人間結局は体力の勝負なのでは?

命にかかわる病気になって、それを何回もくりかえしても、乗り越えて生きている人たちがこの国にはたくさんいるのです。 余命宣告ってあるでしょう? それを覆してして乗り越える人達です。

私のみたところ、体の大きな人たちに多い印象を受けます。"大きい”の意味が横に大きいと言う意味であっても、です。

子供が生まれたときに私は帝王切開でその後もふらふらでしたが、生まれたその日にその子を抱いてすたすた歩いて退院して行った人達をみてびっくりしたのを思い出します。ほとんど皆さん翌日には楽しげに退院しました。
あの時、何百年もずっと狩猟民族で肉を食べてきた民族とずっと農耕民族だった日本人の私との基本体力の違いを目のあたりにした思いでした。

つまり、一生懸命に運動をして体を鍛えるのが歳をとればとるほど大切になってくるということなのでしょうか?

日本語放送で北海道の寒波のことなど報じられるとみんなのこと思い出します。
この頃になると父は3月になると水がゆるむ、春はもうすぐだと自分に言い聞かせる様に言っていたものです。そして増毛スーパーの店先にでるネコヤナギの枝のかわいらしさ。 なつかしいです。









 

半端ないシバレ

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2019年 2月10日(日)12時05分59秒
   「シバレタなぁ、ハシタ(端)シバレではない!」
 今朝は北海道からこんな会話が聞こえて来そう。
 観測史上最大級というから、どんな感じかと。
 新聞に置戸町が載っていたが読めないし、位置もわからない。
 「増毛」も知らない人には「ゾウモウ」になるので無理もないか。
 調べたら「おけと」と読み、陸別のすぐ近くだった。この位置は寒いなぁと合点。
 東京近郊も5センチ以上積もると大騒ぎだったが、積もらずよかった。
 それでも畑や野原は白一色で路上は凍っていた。
 救急車のサイレンがかしましく、雪に慣れない都会人の生活を告げている。
 当方も早朝2時間ほど歩いたが何度も「ツルッ」と。
 こちらも今週は最高気温が一桁が続く予報。
 これが過ぎると三寒四温の季節到来か・・・・。
 同期のみんな元気かなぁ。
 春はそこまで。



 
 

春を待つ by soku

 投稿者:soku  投稿日:2019年 1月18日(金)13時54分15秒
  昨年、新年早々狭心症と診断され、血管造影で冠動脈3本の内2本が詰まっており
留萌から札幌に運ばれカテーテル治療をした。今月で1年を迎えたが特に寒い朝は
恐怖を覚える。厚着をするようになりました。寒い朝息苦しくなったり、外作業で
息苦しくなるようなら見てもらった方がいいかな。自分は運動不足と思い込んで
いたし、苦しさがすぐになくなる現象でした。

昨年8月のクラス会では大病して戻ってきた人もいましたが、元気であれば
また仲間に会える機会も訪れるので御身大切にしましょう。
以上 体験談でした。

今年は2年に1度の入札参加資格審査(指名願い届け)の年です。
今月末から指名願いを持って走り回ります。
 

春を待つ

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2019年 1月13日(日)10時49分24秒
編集済
   新しい年が明けて早二週間。
 みんな元気かな?
  今の増毛はどんな風景だろう。
 こちら早咲きの紅梅がちらほら開花しているものの寒い。
 9月から12月まで非常勤で学校に入っていたが終わり、今は元の生活に。
 早朝ランと畑作りが日課。
 カアチャンは毎日働きに出かけるが、トウチャンはのんびり。
 ここで、新入学児童親向けの「子育て講演」の依頼があり足りない頭をひねって原稿づくりを。
 なかなか進まない。
 頭が疲れたら畑に出かけ、あと一ヶ月半ほどで種まきするトウモロコシ、枝豆、レタスなどの床作りに。
 あわせて、腐葉土にする落ち葉集めに公園へ。
  そんなこんなで百姓仕事に喜びを感じ、春を待つ爺さんここにあり。


 
 

(無題)

 投稿者:村長  投稿日:2019年 1月 8日(火)22時09分23秒
  今年で年賀状を出さない事にしましたのでよろしくお願いします。  

日ハムの応援大使派遣

 投稿者:そく  投稿日:2018年11月25日(日)20時58分41秒
  増毛町が来年度日ハムの応援大使派遣町村に選ばれました。

北海道日本ハムファイターズは、選手が北海道内の全市町村で地域の皆様と交流を図りながらまちづくり・まちおこしに寄与していく「北海道179市町村応援大使」を2013年に発足しました。11月24日(土)の《ファンフェスティバル2018》内で抽選を行い、2019年の1年間は下記の2市15町1村、合計18のまちの応援大使を務める38選手が決まりました。

応援大使とマッチングした市町村は任期の1年間、ファイターズの選手を市町村のポスター・広報誌・ホームページ・ブログ掲載に起用したり、互いにアイデアを持ち寄りながら特産品等のプロモーションやイベント・行事に選手が協力するといったことが可能となります。また、球団が認可するものに限り、期間限定で肖像権を無償でご使用いただくことができます。
日ハムページより

増毛町にも昨年12月、管内最後として北海道日本ハムファイターズ増毛後援会が発足しました。
今回の派遣は後援会が有る、無しに関係なく球団から町に派遣されるものでイベントを考えるのは町の仕事になります。増毛町をアピールする絶好の機会となるでしょう。


登録名(本名) NO 57
杉浦 稔大
ふりがな
すぎうら としひろ
生年月日/年齢
1992年2月25日/26歳
身長/体重
189cm/86kg
出身地
北海道
投打
右投げ/右打ち
経歴
帯広大谷高-国学院大-東京ヤクルト(ドラフト1位、14~17途中)-北海道日本ハム(17途中~)


登録名(本名)NO 7
西川 遥輝
ふりがな
にしかわ はるき
生年月日/年齢
1992年4月16日/26歳
身長/体重
179cm/76kg
出身地
和歌山県
投打
右投げ/左打ち

経歴・獲得タイトル
経歴
智辯和歌山高-北海道日本ハム(ドラフト2位・11~)
2015シーズンより背番号を【8】へ変更
2016シーズンより背番号を【7】へ変更
獲得タイトル
最多盗塁(2014、2017~18)
ベストナイン 外野手部門(2016~17)
ゴールデングラブ賞(2017~18)

一年目で当選するとは思っていなかったのでうれしいです。
後管内は
小平町と初山別村が残ってます。両町村に申し訳ありません。
 

クラス会

 投稿者:べーすまん  投稿日:2018年 7月21日(土)10時53分53秒
  本州は猛暑・酷暑・水害で大変だね。みんな大丈夫? 増毛はお祭りの頃やっとストーブ
から縁が切れたばかりです。最近は25度くらいでちょうどいい感じ。
ゴンパチさんの超長文は気力がなくてまだ読んでません。そのうち読みます。

クラス会の返信葉書は、20日現在で出席12人、欠席33人となってます。返信期限まで10日 出席期待してま~す。

熱中症にはくれぐれもご注意を。高齢者は喉が渇いても自覚がないのだとか。加齢現象イヤだね。
 

水害

 投稿者:べーすまん  投稿日:2018年 7月 5日(木)16時03分53秒
  昨日、役場に用事があったので水害情報を尋ねたら箸別で1軒床上浸水した住宅があったとのことだった。そのほかは被害を聞いていない。明日からは太陽さんが出てくるだろう。
今日は葉書は届いていない。期待してるよ~
 

飽きもせず・・「動物体験記」

 投稿者:ゴンパチ  投稿日:2018年 7月 5日(木)10時53分37秒
編集済
   台風の影響で留萌川他危険な水位に。近隣の田んぼは大丈夫かなぁ・・・と。
 百姓生まれなのでそのことが気になる。
 べーすまんさんよりクラス会出席情報がリアルタイムで届いているが、この後にも期待。

   子どもたちに聴かせたい「北海道動物体験記」・・その9「渓流釣り」

                                H29.6.20  文責 後藤八郎
 子ども時代の最大の楽しみは渓流釣りで、これに勝るものはなかった。
 渓流釣りが好きになったのは、暑寒別岳を主峰とする増毛山地から日本海に注ぐ豊かな川があったから
だ。もう一つは父親が大の釣り好きで、小学4年頃から近場の川によく連れて行ってもらったことからだ。
 増毛山塊から流れ落ちる河川は大小いくつもあり、その河川のどこにでもヤマベ(ヤマメ)やイワナが棲息し
ている。今でこそ源流ブームに乗り「幻の魚」ともてはやされたイワナの人気度が高いが、郷里ではヤマベの
価値が断然上だった。
 下流域からウグイ、ヤマベ、イワナの順で棲み分け(一部混在)ているが、上流域に入るとどの川も岩魚だけ
の世界になる。下流域から釣上がっていくとき、父はヤマベが釣れなくなると「ここから、イワナばかりか
ぁ。」と落胆の声をあげていたものだ。
 ヤマベとイワナどちらが美味しいかと聞くと、人によって分かれる。私はヤマベ派だが、目隠ししてじっく
り食べ比べても舌から決定的な違いを見出せない。小さいときからイワナよりヤマベの価値を教えられて育っ
たので刷り込まれているのかもしれない。
 姿から受ける印象はヤマベが煌びやかで美しい。「山女」と書くのはそのためかも知れない。釣り上げた瞬
間白い腹がキラキラ光り、斑点模様(パーマーク)も綺麗だ。竿に伝わる感触も全く違う。ヤマベは給餌する
とき力強く派手に引くのに対して、イワナはドロンと現われて、パクリという感じだ。この給餌の仕方にも山
女の魅力があるような気がする。
 父親と山奥深く本格的な釣りに出かけたのは小学校高学年の時からだ。数日前から餌採りが始まる。イタド
リ(ドングイ)虫も使ったが、定番はヤナギ虫だ。ヤナギの若木にいるカミキリ虫の幼虫だ。河原のヤナギの若
木を観て周り、木屑を出している幹や枝を探す。木の中に居る幼虫は大小様々だが、外に出す木屑で虫の大き
さが分かる。ヤナギ虫は他の餌に比べて色が白っぽいので魚から良く見えることと、この虫の外皮が意外と硬
くすぐには潰れないところが利点だ。虫一匹で数匹の魚を釣ることができる。
 鉈で木を削り、虫を取り出すにはそれなりのコツがある。これは父のすることを見よう見真似で覚えた。子
どもの頃鉈の使用は親に止められていたがこっそり持ち出し木を削った。が、腕の力がないためうまくいかな
い。虫に刃が当たらないように木を削るにはそれなりの力と技術が必要だった。少し出来るようになったのは
中学生になってからだろうか。
 子どもの頃の竿は竹一本であった。僅か50~70円ぐらいだったと思う。つなぎ竿は持ち運びに便利だっ
たが、先が折れるとすぐに使えなくなってしまうことと、なにしろ高価だった。自転車に竹竿一本を結び付け
て砂利路を父と一緒に朝の暗いうちに出かけた。
 大きな深い溜まり(瀞)に大物が潜む。そんな場所で父が釣り上げる様を観て育った。自然の渓魚は敏感で人
影や物音ですぐに岩陰に逃げ込む。一度逃げ込んだら数時間出て来ない。だから、父は要領の得ない子どもの
私には前に行かせてくれなかった。それでも、時々は大物が居そうな好ポイントで待っていてくれて、餌の流
し方などを教えてくれた。初めは近づき過ぎて逃げられたり、まだ餌を咥えていないのに慌てて竿を上げて樹
木に絡まったりするばかりだった。
 何時間も釣り上がり奥深く入るとめったに人が入っていないためイワナがどんどん釣れて楽しい。このよう
な時はつい夢中になり帰りのことを忘れてしまう。父はいつも12時を目安にして下山していた。
 朝4時頃家を出て、自転車で10キロほど進み、入渓してから数キロ釣り上がるのだから、帰りにも相当の
時間を要する。行くときは希望に燃え、体力もあるが帰りは逆だ。登り上がった川をひたすら何時間も下らな
くてはならない。それに帰りのリュックは魚が入っているため重い。増してまだ子どもの時だから体力もな
い。父は相当の速さでどんどん川を下るが、遅れまいと付いていくのに必死だった。入渓場所まで戻れたらホ
ッとしたものだ。それでも、家に着く頃はいつも暗くなっていた。
 父はそれから外で火を起こし、竹串に刺して魚を焼いた。100匹近い数を焼き終えるのは夜中になっていた
ようだ。子どもの私は昼の川歩きでバタンキューだ。焼いた魚は居間のストーブの上に籠に入れて吊るされ
た。完全に水分を取ると保存が効いて、冬場のタンパク不足の解消に役立った。
 増毛山地から流れる川はそこに住む子どもたちに豊かな体験を施してくれた。夏には本流の広い溜まりに子
どもたちが大勢集まり泳いだり魚を獲ったりした。針金を曲げて作った釣り針を木綿糸に結び、さらにそれを
笹竹に結んでミミズを餌にカジカ、ヨシノボリ(ゴダラツペ)を釣ったものだ。
 怖さの体験も含め川という自然教材を通して多くのことを学んだ。釣りキチ三平の著者矢口高雄のエッセイ
「ぼくの学校は山と川」があるが、私にとっても川はまさしく自然体験学校だった。ところが、およそ40年以
上前から法によりこの河川に棲息する全ての魚他生き物を獲ることが禁じられた。
 増毛山地から増毛町側に注がれる河川は支流も含めると10本以上あるがその中の1本を除き、他の全ての河
川が対象だ。その目的が自然保護の観点であればそれなりに納得できる。住民に理解を求め、住民と共に自然
を守る考えは賛成だ。しかし目的はサケの稚魚を守るためだ。つまり漁業資源を守ることが目的だ。サケの稚
魚の放流は下流域で一年の中のほんの一時なのに、一年中規制する意味が理解できない。これはいささか乱暴
であるように思う。北海道の主要な河川のほとんどがこの法の対象になっている。
 私か心配なのは、川での子どもたちの自然体験遊びが見られないことだ。規制のため子どもたちが水中眼鏡
をかけ、ヤスで魚獲りをする姿が全く観られなくなった。これでは未来に向けて自然(地球)を守ろうとする意
識は育てられない。
 前述、矢口高雄の「ぼくの学校は山と川」の教育的意味合いを改めて噛み締めている。


 
 

クラス会

 投稿者:べーすまん  投稿日:2018年 7月 4日(水)08時51分23秒
  3日現在 出席12人 欠席22人 良い調子  

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